今日は「即興作曲」をするようになったいきさつについて書いてみようと思います。

今でこそ、ライブで「即興作曲」を披露するのは私のライブの定番となっていますが、この活動を始めた頃は、まさか人前で即興作曲するなんてことは夢にも思っていませんでした。

転機となったのは、2006年に中野貴史さんという方の呼びかけで開催された【言霊フェア4(うたう)】というイベント。

▼しゃべる名詞「言霊名詞」中野貴史
http://kotodama-m.com/

高校の音楽室で「授業形式(1時間目、2時間目など)」で行った一風変わったイベントでしたが、この時の出演者は以下のような顔ぶれでした。

・1時間目⇒言霊マーケッター 中野貴史さん
・2時間目⇒ソングレターアーティスト 安達充
・3時間目⇒ヒーリングオペラ歌手 竹林加寿子
・4時間目⇒全員

この時の企画として、「せっかく高校の音楽室でイベントをするのだから、学生時代に伝えられなかった想いを手紙に書いてみよう」というワークショップが1時間目に設けることになりました。

で、ただ手紙を書いただけでは、イベントのテーマである「うたう」にならないので、その手紙に私が即興で曲をつけることになったのです。

上記をご覧いただいてわかる通り、私は2時間目は出演していますので、作曲できるのは、3時間目のわずか30分!

・・・それは、どう考えても無理じゃないですか?と思ったのですが、皆で創り上げるイベント、「できるかどうか」ではなく、「やるしかない」という感じでした(笑)

でも、人間追い込まれると力が出るもので、フタをあけてみれば、しっかりとした即興ソングが完成し、4時間目では竹林さんとのハモリつきで披露をさせていただくことができました。

またそれが、ものすごく感動的な空間を創ったんですよね。

「即興で作ったものが、こんなにも喜んでもらえるのか・・・。
自分が出来ないとあきらめていたら、この空間も生まれなかった。」

それは、私にとっては衝撃的な出来事でした。

こんな所から、私の座右の銘である「行き当たりバッタリ」ならぬ「行き当たりバッチリ(笑)」という言葉も生まれるのですが、このスタンスが今も続いている、というのが実際のところなんです。

即興作曲にだいぶ慣れてきた頃、あるイベントで、「30分間講師の人が話をするから、それをその場で曲にしてもらえないか?」という依頼を受けました。

「えぇっ???それは、30分間で作詞を完成させろってことですよね。それは無理ですよ・・」

と思いましたが、やっぱりその時もイベントの進行上、断るに断れない状況に。。

でも、フタを開けてみると出来てしまうものなんですよね。

そんな経験から、「自分に依頼された」ということは、「それが自分に出来ること」という風に思うようになりました。

「失敗は成功の母」と言うけれども、自分にとっては「必要(求められること)が成功の母だ」と思うようになったんです。

そんなことを経て今年3月に起こった東日本大震災。

「何かできることは・・・」の想いが、被災地の方の想いを聞いてその場で曲にする即興作曲コンサートの開催という形になったのですが、まったく未知の試みである割に「出来ないかも…」という不安は全くありませんでした。

「出来る・出来ない」ではなく、「今それが求められている」。

そう思ったら、「出来ないかも…」という次元の悩みは吹き飛ぶんですよね。

結果として、今では作詞作曲ともに即興で出来るようになりました。

まさに私にとって、「必要は成功の母」だったわけです。

これからも、「必要は成功の母」を合言葉に、未知の領域にもどんどんチャレンジでしながら、ソングレターアーティストの道を歩み続けていきたいと思います。

感謝を込めて…。