今日は、私がどういう経緯で作詞作曲をするようになったのか、そのきっかけのお話をしたいと思います。

こういう仕事をしていると、よく、「音楽はいつからやっていたんですか?」という質問を受けるので、そこからお話しますね。

一番最初の音楽との接点は、幼稚園の頃に通っていた「ヤマハ音楽教室」。で、その後、小学校1年生から4年生までピアノ教室に通っていました。

これだけ聞くと、「あ、やっぱり幼い頃から音楽少年だったんですね…」と思われるかも知れませんが、実はこの頃、音楽は大ッ嫌い(!)でした。

本当に、毎週の中で、一番嫌な時間が、ピアノ教室に行く時間でした。何が嫌いだったのかというと、どうも「楽譜」というものが、肌に合わなかったんですね。

楽譜って、言ってしまうと「この通り弾きなさい」という【命令指示書】なんですよね。

僕はもう、当時から「人に強制されるのが大ッ嫌い!」という、そういう人間でしたので、「なんでこの通り弾かなきゃいけないんだ!」という反発がものすごくあったんです。

「音楽って、すごくかたくるしくて、窮屈なものだなぁ…」

そんなことを感じて、結局、小学校4年生の時にピアノは辞めてしまいました。

それで、しばらく音楽に触れることはなかったのですが、そんな自分に転機が訪れたのは、中学校2年生のときでした。

きっかけとなったのは、シンガーソングライターの槇原敬之さんの曲。

槇原さんの2枚目のアルバムの中に、『EACH OTHER』という失恋の気持ちを歌った曲があるんですが、それにものすごい衝撃を受けるんです。

当時僕は、好きな女の子がいて、その女の子に告白することが出来なかったんですね。(中学生男子ならではのshyな感じです(^^ゞ)

で、その時にこの曲を聴きました。

「僕が感じているのと同じような想いを、この人はこんなに巧みに音楽で表現している…」

そのことに非常に感動して、

「僕も、同じように、音楽でなら気持ちを表現できるかも知れない」

と思い、初めての作詞作曲にチャレンジしたんです。

ちなみに、その時作った曲の歌詞がこんな歌詞です。

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 Dear You 6月のある雨の日
 いつもの帰り道で
 一人で歩いてる どこか寂しげな
 後ろ姿を見かけたよ
 
 Dear You 昔なら いつだって君は
 明るく笑ってたね
 だから自然に話もできたし
 何だって 素直に口に出た
 
 会えなくなった初めて 自分の気持ちに気がついた
 でも昔通りの二人じゃないような気がしてた…

 誰よりも好きだったけれど
 どうしても自信が出なくて
 今は遠くから見守るくらいが
 僕の「精一杯」なんだ
 
 でもいつかあの頃のような
 二人に戻れるさ
 そう信じて 青空を見上げて
 つぶやいた I  Love You

        『Dear You』より

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「面と向かっては言えないことでも、音楽にすれば伝えられる」

今思うと非常に拙い歌詞ですが、私にとっては自分の気持ちを音楽の力を借りて表現することが出来たとても大切な1曲です。

あらためて思い返してみると、最初から僕にとっては、音楽というのは想いを伝える表現方法だったんですね。

「作詞作曲って、カッコいい!」
「自分も憧れのあのミュージシャンみたいに、作曲してみたい!!」

そんな動機で作詞作曲を始める人も多いと思うのですが、僕にとっては最初から【コミュニケーションの手段】として音楽を捉えていたというのが面白いところだと思います。

音楽に限らず、芸術の世界においては「1作品目にその人の作品の方向性が詰まっている」と言われることがあるのですが、私の場合も例にもれず、ここにすべての原点がある気がします。

想いを伝えたい「たった一人」に向かって、大切な気持ちを伝える「最高の手段」が音楽。

今も昔も、自分の根っこは全く変わっていないことに気付かされます。

そんな自分の原点を確認して、これからも、ソングレターアーティストの道を歩んでいきたいと思います。

感謝を込めて…。