はじめに、この度、東北地方太平洋沖地震に被災
された方々、そしてそのご家族の皆様に、心より
お見舞いを申し上げます。

この週末、義援金や節電など以外で自分に何が
出来るか、ということをいろいろと考えていま
したが、やっぱり自分のテーマである

【目の前の人に、今できることを】

ということしかないと再確認しました。

復興は一時的なものではなく、これから長期に

渡っていろいろなことが必要になると思います。

僕の力を必要としてくれる時に、できるかぎりの
支援が出来るように、今は目の前のことに全力で
向き合いたいと思います。

今日は、『想いを馳せる』ということについて
書いてみたいと思います。

僕がソングレターの活動を通して、ずっと大事に
していることです。

最初にこのことを意識したのは、2004年2月、
リストカットの女の子のブログを見て1曲目の
ソングレター『君の痛みの理由』を作った時の
ことでした。

「少しでも元気になってもらいたい」

そんな想いから出発したものでしたが、実際に
歌詞を書く段階になったときに、すごく色々な
ことを考えさせられました。

「会ったこともない人間が、ナイーブな部分に
触れることが本当に相手のためなんだろうか?」

「リストカットをしたことのない人間が、彼女の
気持ちに共感することが出来るのだろうか?」

「自分が歌を贈ることで、逆に彼女を傷つける
結果になるのではないだろうか?」

本当は、

「その気持ち、痛いほどわかるよ」

という言葉をかけてあげたい気持ちでした。

でも、「わかるよ」という言葉は、

言われる側にとってみると、他の何よりも
残酷な響きを持つことがあると感じました。

「あなたにわかるわけないじゃない!!」

「どうして、軽々しくわかるなんていうの?」

そんな想いにだけはしちゃいけない。

そう思いました。

「本当の意味で、彼女の心の痛みを
わかってあげることは出来ない」

それは、紛れもない事実でした。

でも、同時に、一つだけ出来ることがあると
気づいたんです。

それが、「想いを馳せる」ということ。

わからないなら、わからないなりに、

わかろうとすること。

わからないことを、わかったふりをせず、
わからない現実と出来るかぎり向き合うこと。

もし、相手に何か伝わるものがあるとすれば、
それは、「想いを馳せた跡」なんじゃないかと
思うんです。

「ここまで、わかろうとしてくれたんだ」

という熱意・温度だけが、相手と交わすことの
出来る唯一のものだと僕は思います。

そんな気持ちから、僕が書いた歌詞は次の
ようなものでした。

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真面目な人ほど 馬鹿にされるような
可笑しな時代さ 悔しいけれど
優しい人ほど 傷ついてしまうような
そんな世界なんて 認めたくないけど

君がそれだけ 苦しんでしまうのは
君の心が純粋だから
君がそれだけ 悲しんでしまうのは
君の心が綺麗だから…

君の涙の理由は 僕にはわからないけど
君のような人にこそ 伝えたいことがあるんだ 
生きることの本当の 苦しみを知った人ほど
真実を真実と 気付けるはずだから

(君の痛みの理由)

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僕は、今回被災された方々の気持ちも、本当の意味で
わかってさしあげることは出来ないと思っています。

でも、その中のお一人と一対一で向き合った時に、
『想いを馳せる』ことまでは出来ると思っています。

その出番を待ちながら、今は目の前の人に向かいたいと
思います。

これからも、「想いを馳せる」ことにこだわりながら、
ソングレターアーティストの道を進んでいきます。

感謝を込めて…。