今日は、「淡々と続ける」ということについて
書いてみたいと思います。

昨年末、「ドリームプラン・プレゼンテーション」
というイベントで、プレゼンテーション用BGMを
作曲していました。

その中に、【ドリームライナー号】という夢を
プレゼンされた志田貴好さんという方がいます。

▼ドリームライナー号 大好評運行中! 
http://www.youtube.com/watch?v=b_RjAcxZjU8

志田さんは、小さな頃から大の鉄道好き。

ヒヤリングの際、

「なぜ鉄道を好きになったのですか?」

という質問に対して、こんな風に答えてくれました。

「父が、昔国鉄に勤めていて、その頃の話を聞くのが
大好きだったんです」

僕はその話に非常に興味を持ち、

「いちばん、心に残っているのは、どんな話ですか?」

と聞いてみました。

すると、志田さんは、次のように語ってくれました。

「第二次世界大戦に日本が負けたとき、
日本中に『もう日本はおしまいだ』という
空気が蔓延してたそうなんです。

でも、そんな中、鉄道だけは、全く変わらずに
同じ時間に運行していた。

それを見て、多くの人が『まだ日本は大丈夫』って
ものすごく励まされたんです。

国鉄の人たちは、淡々と日々同じようにダイヤを
守って運転することに、誇りを持っていたんですね」

とても心にひびきました。

僕も、毎日の移動手段に電車を利用していますが、
ダイヤが乱れるたびに『またか…』とは思っても、
時間通りに電車が来ることの裏にある陰の努力に
想いを馳せたことはありませんでした。

そんな話を聞いて、志田さんのプレゼンのための
音楽も、自分に出来る限りのものを提供しようと
心に決めたのでした。

そして迎えた「ドリームプラン・プレゼンテーション」前日。

9名のプレゼンターの音楽を担当していた僕は、
会場である赤坂プリンスホテルで、泊り込みの作業に
奮闘していました。

ちょうど志田さんも、最後の最後までプレゼンの
内容を吟味していて、最終版の音楽をつけるのが、
自分が担当する全プレゼンター中最後となりました。

時計の針は、朝4時くらいだったと思います。

しかしながら、事前にヒヤリングを重ねたこともあり、
想いのこもった映像の節々を見て、すぐにいい
インスピレーションが生まれ、順調に作業は進みました。

ところが・・・

その作業をしている途中、僕がいつも通りパソコンを
操作していると、突然画面が止まったのです。

『あれ?おかしいな??』

考えてみれば、昨日からノンストップでがんばり
続けてくれているパソコンです。

大きな負荷がかかっているため、処理が遅れることは
普通に予想できます。

『よし。じゃあ、パソコンが動くまで、
ちょっとだけ休憩していよう』

そうして、5分、10分、15分…。

一向に、画面が変わりません。

さすがにちょっと不安になって、
キーボードやマウスを触ってみたり、「強制終了」の
コマンドを実行してみたりしました。

でも、応答なし。

・・・やむなく、「電源ボタンを押す」という
最終手段に出ました。

イヤな予感がしました。

『たのむ!保存していたデータだけは、
残っていてくれ・・・』

僕の悲痛な想いもむなしく、
データは9割方消えていたのでした。

時計はもう朝の6時くらいだったと思います。

「あと4時間後くらいには、志田さんがこの音楽を
使ってプレゼンをする出番が来る。
どう考えても間に合わない・・・」

すぐに運営スタッフの方に連絡を取り、事情説明。

考え得るすべての可能性を出しつつも、実際は
どうすることがベストなのか、混乱していました。

その時頭をよぎったのは、志田さんから聞いていた
国鉄の皆さんの話でした。

「どんな状況でも、何があっても、
ダイヤに穴を開けず、淡々と
鉄道を運行し続けた」

そうだ。国鉄の人たちは、まさにこんな状況の中、
懸命にダイヤを守ろうとしていたんじゃないか!

気持ちを切り替えて、記憶を頼りにどんどん
録音を重ね、データを復元していきました。

そして、10時ちょっと前、本当にプレゼンの
出番の直前に、音源データが完成したのでした。

「間に合ってよかった!
あの時あきらめなくて、本当によかった」

舞台裏から聞く志田さんのプレゼンは、
笑いあり、涙ありで、本当に感動的なものでした。

志田さんがプレゼンの中で訴えた【鉄道マンの誇り】
は、きっと会場中の全員に響いたことと思いますが、
中でも深くその重みを受け取らせてもらった一人は、
間違いなく僕だったと思います。

「派手なことを成し遂げるよりも、
淡々と同じことを続ける方が難しい」

これからも、ソングレターアーティストとして、目の前の
一つ一つの案件を、淡々と続けていきたいと思います。

感謝を込めて…。